ランディングギアあれこれ

皆さんは『ランディングギア』と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。ランディングギアは英語で"Landing gear" と書きますが、日本語では降着装置や着陸装置、着陸脚などと呼ばれます。飛行機になじみのある人はタイヤにダンパがついたものを思い浮かべるでしょう。ヘリコプタでは車輪のないソリタイプのものも良く使われており、こちらは別名スキッドとも呼ばれます。ところでこれら一般の航空機におけるランディングギアは離陸時にも当然使うものですがなぜか"離"着陸装置とは言わないようです。離陸の主役は翼やエンジンだからでしょうか。さらにランディングギアは航空機が本来の機能を果たすべく空中を飛んでいるときは全く不要の代物です。むしろ重量やスペースがとられ空力的にも邪魔、無くせるものならなくしたいとさえエンジニアに思われ続けているかわいそうな存在です(当方の主観です)。

一方、宇宙機ではどうでしょう。月や火星などへの軟着陸を想定した宇宙船にはたいてい着陸用の脚がついています。アポロ計画で使用された月着陸船(Apollo Lunar Module)にはカメラの三脚のような存在感のある立派な4式の着陸脚が使用されていました。月面着陸はアポロ計画ミッションの一番の見せ場ですから、月着陸船のランディングギアはいわば主役です(月着陸船はルナランダ―とも言います)。脚はトラスに組まれたアルミパイプ等のストラットで構成されており、ストラット同士の接合部は曲げモーメントを取らないようにボールジョイントになっています。接地部分のパイプはバイクのフロントフォークやシリンダ/ピストンのような二重円筒構造(テレスコピック構造)になっており、パイプの内側にアルミハニカムコアなどの衝撃吸収機構が設けられています。月面と直接接触する脚先にはお椀のような半球状のパッドがついています。今年(2024年)の1月に月面着陸に成功した日本の月面探査機SLIMにも金属3Dプリンタで作られたラティス構造の脚が5つついています。こちらはカメの足のように胴体にドーム型の衝撃吸収材パッドが直接取り付けられており、アポロの月着陸船に見られるようなトラス状の脚構造はありません。

この違いについて、アポロ月着陸船の場合は、メインスラスタが機体中央下部にくるため、スラスタノズルが地面(月面)と接触しないよう足長にする必要があり、必然的に腰高(高重心)になります。着陸姿勢における機体の重心が高くなると、機体の転倒を避けるために足を胴体の外側へ大きく張り出させる必要があります。かつ、張り出した足先の剛性を確保し脚の各部に発生する曲げ応力を緩和するため、脚は全体としてトラス状の構造となっていると考えられます。一方、SLIMは正常な着陸姿勢における機体重心位置が比較的低い状態(すでに転倒したような格好)となるため、転倒防止の考慮はあまり必要とせず、接地時のクッション機能のみを脚に付与したものと推測されます。しかしながら今回の着陸では意外にもなんと逆立ちしたややアンバランスな格好(準安定状態)での着陸姿勢となりました。その後も機器は正常に作動しているようであり、ひとまず着陸時の衝撃荷重は許容値以下であったものと思いますが、5つの脚(衝撃吸収材パッド)が想定した形態で月面に接触しているのか評価が難しそうです。きっと脚を設計したエンジニアの方は評価になやまれているものと推察します。

最近ではスペースX社のファルコン9ロケットも一段目部分が分離後に地上(海面で不規則に揺れているフロートやドローン船の上)に戻ってきて華麗に軟着陸します。このロケットの一段目にも月着陸船のようなトラス状の脚がついています。一段目を軟着陸させてから回収して再利用するという運用構想はおそらくこの先の火星有人探査ミッションや再利用する有人機の軟着陸ミッションで必要な技術的知見を得るための布石という面もあるのだろうと思います。衛星軌道にペイロードを届けるというロケットのミッションの本筋からはややそれた目的のために、機体に余分な脚システムと往復分の余分な燃料を搭載することで重量は確実に増加し、燃料代やドローン船による回収コスト等もかさみ、機体の製造コストを除く1回あたりの打ち上げコストは使い捨ての場合より割高になっているはずです。また、この脚による着陸システムを開発するために膨大な開発費が追加でかかっているはずです。それでも一段目を再整備し高頻度で再利用することで、機体製造コストを含めたトータルの打ち上げコストを圧縮し、1回あたりの打ち上げコストの低減を目論んでいるようですのでなかなかしびれる経営判断だと思います。スペースシャトルの経験から宇宙機を再利用することの費用対効果や再使用機体の安全性の確保に当時多くの専門家は疑問を呈していたと思います。にもかかわらず技術的に大変難しい機体一段目の軟着陸・回収を成し遂げ、品質管理が困難と思われる使用済み機体の再整備・複数回再利用を商業ベースで継続できていることは非常に画期的なことと思います。

ちなみに以前、宇宙で脚は飾りだというエンジニアがいました。将来宇宙空間での汎用的な利用が想定される再利用型宇宙機(人型決戦兵器ではない)を設計する場合、地上に戻ってきたり、月や微小重力の作用する小惑星などに着陸することを想定すると、脚はあったほうが便利そうです。ただし先ほどのファルコン9の例のように機体に新たな機能を追加すると、全体のシステムが複雑になり重量は増え、検討項目が爆増し、開発コストや製造コストは嵩みます。ミッションを限定してシステムを最適化(脚はなくす)したほうがよいのか、多目的に利用できるように多機能化する(脚をのこす)方が良いのかは、技術的な展望に加え狙うべきマーケットやビジネスモデルの選定、膨大な開発資金の工面など、経営的な目線での検討・評価が必要なためとても複雑な思考を要します。これについては経営を知らないエンジニアが良し悪しを判断できるものではありませんが、かといって技術に疎い経営者にも判断が難しく、"偉い人"でもなかなか分からないかもしれません。。

零式艦上戦闘機のレストア機@Camarillo CA

脚配置は尾輪式。主翼の付け根部に前輪(主輪)を2式配置し、胴体後端に尾輪を配置。固定脚が一般的であった当時としては画期的な引き込み脚となっており、巡行時の空力性能を向上させている。

アポロ11号の月着陸船NASAウェブサイトより抜粋

着陸脚は4式を対称に配置。トラスで構成された各ストラットはテレスコピック構造となっている。着陸時の衝撃荷重は脚内部に設置されたアルミハニカムコアがつぶれることで吸収される。