ロケットの分離機構あれこれ
私たちが普段よく目にする自動車や鉄道などの地上を走る輸送機械は運用中にその製品の一部を分離して破棄するなどということは基本ないと思います。
これが飛ぶモノになると、物体を重力に逆らって空中に浮かせるという極限的な機能を維持するため、不要となった機体や燃料タンクの一部を本体から切り離し、分離・投棄するということがわりと普通に行われています。
ミッション達成という観点から分離という動作が決定的に重要なのはロケットです。ロケットは自重の約9割が燃料のため、飛行の途中で燃料を使い果たした空のタンクや燃焼が終わったロケットモータは途中で分離して投棄されます。分離という機能を追加するとそれに関連する装置が必要となり、構造も多少重くなるのですが、既存の技術では、ロケットは空のタンクをぶら下げたままでは重すぎて望みの衛星軌道まで上昇することができません。ロケットは加速が足りず第一宇宙速度(約8km/s)に到達できないと次第に高度が下がり地球に戻ってきてしまいます。なので本体を軽くするため仕方なく途中で不要な部分を分離させます。ロケットの各部を分離させる装置を分離機構などと呼びますが、その種類も用途や部位に応じてバリエーションに富んでいます。
例えば、胴体の段間や衛星の分離などによく使われるのがクランプバンド・マルマンクランプなどと呼ばれる分離装置です。1か所ないし2か所が切り欠かれたバンド状の拘束具にくさび断面のクランプ(Vブロックとも言う)、分離ナット等の拘束解除機構、バンドキャッチャ、ばねなどが取り付けられています。拘束具の1か所を切断すれば分離するので信頼性が高くよく使われています。組立時は本体の分離面同士を合わせた後に外から巻き付けるように取り付けられるので組立性が良いのもこのタイプが多く利用される理由のようです。
他にも、ロケットの先端部のノーズフェアリングと呼ばれる衛星を包むとんがり帽子のような薄い殻をもつ構造部は、衛星を放出する際に二枚貝のように真ん中で二つに割れるものが一般的です。このタイプはクラムシェル型と呼ばれますが、シェル同士の合わせ面が円形ではないため上述のクランプバンドは使えません。このタイプの分離機構には爆薬の詰まったステンレスパイプ(SMDC:Shielded Mild Detonating Coad)が作動時に膨らんで周りの構造を分離するものや、ノイマン効果によるメタルジェットにより金属面をも破断するLSC( Linear Shaped Charge)と呼ばれる火工品(成型炸薬)を用いたものもあります。
火工品は作動時の爆轟波による衝撃が大きく荒っぽいものですが、信頼性が高く昔から使われています。LSCはロケットモータの推力中断装置などとしても使われます。分離ナットやピンプッシャーなど分離機構デバイスは英語でHDRM(Hold Down Release Mechanism)などとも言われます。左記用語でネット検索すると各社色々出てきます。最近は電子機器やアクチュエータの信頼性も以前より向上したため、分離機構も非火工品の電動アクチュエータで電気的に動作させるものがたくさん出てきました。製造・保管・輸送・使用に火取法の適用を受け管理コストがかかる火工品は、作動時の衝撃も比較的大きいため、ペイロードの乗り心地の観点からも近年敬遠されているようです。
なお、上記分離機構は電気的にも分離させる必要がある場合がほとんどです。配線を分離させる場合は分離コネクタなどのデバイスが必要となります。段間の分離面近傍にはこのような分離デバイスとそれらを取り付けるブラケットなどの二次構造、分離コネクタ、エンジンノズルのプルーム熱から機器を保護するための断熱材等が胴体外縁部に隙間なく配置されることが多く割と混雑しています。真ん中にはロケットモータのバルクヘッドやロケットのノズルがありモノが配置できませんので、残りの機器は胴体内壁当たりの空いたスペースにうまく配置するしかないのです。
また、分離時には相対運動する機器同士が接触しないように段間部の場合はお互いにまっすぐに抜ける必要があります。さらに分離した後、大気の濃いところでは先行する機体が空気抵抗で減速し後方の投棄された側の残骸に追突されることがあります。後ろから追突されないようにお互いにある程度の相対速度を持たせる必要があるのです。そのため、分離面には複数個所に均等にコイルばねなどの押出装置を設けることが普通です。分離速度は早ければよいというものでもなく、ばねの力が強すぎるとばらつきによりチップオフが出て相対運動する機器同士が接触したりして困ります。これらの複数の要件をすべて満たすようにバランスよく機器を選定し、配置するのがエンジニアの腕の見せ所です。
みなさんも博物館などでロケットを見るときは分離面のあたりを目を凝らしてみてみてください。奇妙な機械や配線だらけであまり面白くはないかもしれませんが、上の文章をお読みになったみなさんであればエンジニアたちの苦労の跡がきっと随所に感じ取れることでしょう。